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親しみやすいメロディーの3ピース疾走ロックバンド、超飛行少年。メンバー全員が24歳で高校の同級生。このバンドのなりたちは、10年以上前の茨城県水戸市にさかのぼる。
「小学生の時から僕は遅塚と友達で、中学に行ったらバンドやろうって誘った。何が一番目立つのかを聞かれたから、ベースが一番!って嘘ついたら、遅塚がまんまとベースを買ったんです(笑)」(Drums・長田)
高校に入り、Vocal&Guitarの小林が合流。
「部活してるみたいにスタジオに入りびたってて、練習時間はまわりで一番長かった」(長田)
という彼らは、地元じゃ負け知らずのバンドに成長する。
高校卒業と同時に上京を企てるが、その時に問題発生……
「二人がプロを目指して上京する時、僕は家の仕事の都合でバンドを離れた。地元に残るしかない、って……」(Bass・遅塚)
長田と小林は東京でバイトをしながらバンドを続ける。水戸では満杯にできたライブも、東京では思ったほど人が入らなかった。
「東京行きゃあ、お客さんはたくさんいるだろうと思っていたんですけどね」(小林)
そして’05年、当時のベースが脱退。二人は、一度離れた遅塚に電話する。
「ベースはホコリをかぶっていました。諦めてたので、また一緒にやろうって言われた時は嬉しかった。家のことも片づいてたし、じゃ、お願いします。お母さ〜ん、長田君とまたバンドやるわ∞あ、そう≠チて。ついこの間まで店で料理を作っていて、今はプロのバンド。すごく不思議。僕は今も茨城から通ってます」(遅塚)
そして、念願のプロデビューとなるのだが……
「レコード会社の人が契約するかどうかライブを見に来るって日、お客さんがたった一人だったんです。目の前に一人。この一人のために精一杯楽しくやろうと思って、すごくいいライブができた。結局レコード会社の人も気に入ってくれたんですよね」(長田)
「いまだにライブのたびに吐きそうになるほど緊張するんです。ステージに立つのは肝試し。臆病な自分にどんだけ勝てるか。特に第一声を出すまでの一曲目のイントロの最中とかはヤバいですね(笑)」(小林)
客がたった一人でも契約を勝ち取ったという伝説の音がこのバンドにはある。困難を吹っ切るようにドライブする三人編成の爆音ビートは、乗り越えた歴史から生まれているのだった――― |
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小学生の同級生、長田勇気(写真右)と遅塚覚(左)が中学でバンドを始め、高校で知り合った小林光一(中)と合流。茨城県 水戸市で有名なバンドとなる。上京後、ライブを重ねながら’06年5月にメジャーデビュー。1stアルバム『ハイパーフライングボウイ』が発売中。公式HPは、http://www.cam.columbia.jp/ |
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